
皆様は沖田浩之さんという俳優をご存知でしょうか?
元々芸能界入りする前は”竹の子族”でした。
(氣志團の様なルックスをした当時の暴走族の呼び名です)
しかし、金八先生やサラリーマン金太郎で俳優として大いに知られ、1980年代は大ブームを巻き起こした程でした。
歌手としても知られ、”沖田浩之親衛隊”という超熱烈な追っかけもいた程です。
しかし、1999年にまさかの首吊りにて自ら命を絶ちました・・・
そんな沖田浩之さんが妹のようにかわいがっていた川上麻衣子さんという女優がいます。
今回は
- 川上麻衣子が沖田浩之から受けた電話内容とは?
- 川上麻衣子は自殺の真相を知ってる?
という内容でお送りいたします。
Contents
川上麻衣子が沖田浩之から受けた2本の電話とは?
川上麻衣子さんと沖田浩之さんは1980年に放送した金八先生で共演して以来の仲です。
それ以降沖田浩之さんは川上麻衣子さんの事を
「妹みたいなやつだから」
と、何かと気にかけていました。
川上麻衣子さん自身もその事を本当に喜んでいました。
川上麻衣子さんが初めて沖田浩之さんから電話をもらいました。
1990年の事です。
川上麻衣子さんが電話にでると
「聞いてほしい事がある」
と急な呼び出しをもらいました。
実際に会って内容を聞くと、当時の沖田浩之さんの恋愛についてでした。
大先輩である沖田浩之さんからのまさかの恋愛相談。
でも川上麻衣子さんはそんなプライベートな事を相談してくれるレベルになったんだと喜びました。
しかし、2本目の電話は・・・・
川上麻衣子は自殺の原因を知ってる?理由はまさかの・・・
1本目の電話以降、電話でのやりとりというのはありませんでした。
次にかかってきたのは1999年。沖田浩之さんが亡くなった年です。
川上麻衣子さんはこの時なんとかしてあげられなかったのかと今でも後悔しているようです。
沖田浩之の死の真相は親族とバブル崩壊による金絡みだった・・・?
沖田浩之さんの家柄と、自殺当時の雰囲気はこの様な感じでした。
沖田は、神奈川県の川崎市内で不動産業やゴルフ会員権を扱う会社を経営する、裕福な家に生まれた。自殺した当時、会社は兄が継いでいたが、その業績は決して順調ではなかったという。ベテラン芸能記者が振り返って言う。
この“業績は順調ではなかったという”この一文がほぼ自殺の原因ではないか?
そう言われているようです。
1990年と言えばバブル崩壊の時期です。
事業を引き継いだお兄様は、引き継いですぐに不動産事業を拡大しようとしました。
それがバブル崩壊によりまさかの超大失敗に終わったようです。
そして、”急な事業拡大”というのは堅実に、着実に事業を続けてきたお父様とは真逆のやり口です。
まさかこんな事になるとは思ってもみなかったお兄様。
沖田浩之さんは“連帯保証人”という立場でした。
沖田浩之さんの実家は沖田浩之さんが相続していたようです。
しかし、それらも全て金融機関に抑えられ、それでも尚返済には遠い・・・
そんな状況だったようです。
ちょうどその時期に沖田浩之さんは亡くなられています。
お兄様は葬儀の席で“弟に借金などない!!”と言ったものの、連帯保証人の件などは口にはしなかったようです。
また、同時期には沖田浩之さんは”俳優業としての悩み”も深く抱えていたようです。
借金と本業の悩みのダブルパンチの中、まさかの・・・
しかし、本当の理由は勿論沖田浩之さんしか知りません。
ですが、これらが何も関係していないというのも考えづらいですね。
まとめ
川上麻衣子さんは2本目の電話に関して
そして、2本目が、川上が悔やんでもくやみきれないという電話。川上はあるパーティーで久しぶりに沖田と再会し、帰宅すると、沖田から着信があったそうだが、その電話から1カ月もたたないうちに、沖田は自ら命を絶ってしまったという。川上は番組で、その電話の内容や、そのときの後悔を深く心に刻んでいる理由を打ち明ける。
という事を言っています。
なので、川上麻衣子さん自身も沖田浩之さんのそうした問題を知っていたのではないでしょうか?
しかし、事態がそれほどまでとなると個人ではどうしようも無いですよね。
なお、沖田浩之さんの死後から2年後、お兄様も自ら命を絶っています。
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