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渡辺和子の死因は膠原病という病気が原因?生前の功績や名言を紹介!

公開日: 2016年12月31日


渡辺和子

 

シスターの渡辺和子さんが2016年12月30日にご逝去された事が分かりました。

岡山県、広島県を活動の拠点とし、「置かれた場所で咲きなさい」という本がベストセラーになりました。

今回は

 

「渡辺和子さんの死因は膠原病(こうげんびょう)という病気が原因?」

「渡辺和子さんの生前の功績や名言は?」

 

という内容でお送りいたします。

 

 

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渡辺和子さんの生前の功績や名言は?【プロフィール】

 

名前:渡辺和子(わたなべ かずこ)

生年月日:1927年2月11日

出身:北海道旭川市  

職業:学校法人ノートルダム清心学園理事長  

 

渡辺和子さんは18歳の頃にキリスト教(カトリック)の洗礼を受けます。

聖心女子大学に通い、上智大学大学院生用文化研究家修士課程を修了します。

 

その後、29歳でナミュール・ノートルダム修道女会に入会。

入会後、アメリカのボストン・カレッジ大学院に留学し、哲学者として博士号を取得した直後、ノートルダム清心女子大学の教授に就任します。

その後、同大学での功績が認められ、何と36歳という若さでノートルダム清心女子大学の学長に就任します。(1963年-1990年まで)

1990年で学長を退任後はノートルダム清心女子大学の名誉学長及び同大学の理事長に就任します。

1984年にはマザーテレサの来日時に通訳を務めるなど、とにかく18歳の頃にカトリックになってからまっすぐに一本道で一つの道を極めています。

 

1992年-2001年までの期間には日本カトリック学校連合会理事長に就任されています。

 

渡辺和子さんがカトリックになった理由と二・二六事件

渡辺和子さんは9歳の頃、本当に信じられない事件を経験しています。

1937年2月26日、通称「二・二六事件」と呼ばれている事件です。

渡辺和子さんの父親は日本陸軍中将で、教育総監という立場でした。

まだ寒さの残る2月26日の日、突如として日本陸軍の青年将校が渡辺和子さん宅に押し入り、お父様を娘の和子さんの前で銃で43発撃たれ、亡くなるという事件でした。

 

 

お父様はそうなる事をどうやら察してはいたようです。

青年将校達が踏み込んできた事を知るや、和子さんを物陰に隠し、そのまま攻撃を受けました。

その後は青年将校達も引き上げたため、和子さん自身に危害が加わる事はありませんでした。

 

 

9歳の和子さんにとって、目の前で何が起こっているのか理解ができなかったかもしれませんね。

和子さんのお母様は、和子さんに「軍人の子である事を誇りに思い、一番を目指しなさい!」と和子さんに伝えました。

和子さんもそう言われ、学業等も相当頑張りましたが、やはり和子さんは行き詰まり、心の救いを求めました。

そうた中、人生に迷える和子さんが出会ったのがシスターであり、洗礼を受けるきっかけにもなったそうです。

 

普段僕はシスターの方と関わる事はありませんが、和子さんの様に人生の道が分からなくなった方等に優しく手を差し伸べてくれるお仕事をしているのが、シスターのようですね。

 

 

 

渡辺和子さんの死因は膠原病(こうげんびょう)という病気が原因?

 

渡辺和子さんは50代でうつ病を発症し、60代で膠原病(こうげんびょう)を患っています。

うつ病になった際は、自分でも「仕事が楽しくて楽しくて仕方がない今この時期になんでこんな病気になるんだ!」と思い悩み、それが「うつ」を加速させて、一時期は自決も考えたそうです。

恐らく原因は更年期性のものではないかと言われております。

しかし、「うつ」は無事解消できたようです。

 

膠原病は

 

「全身の血管・皮膚・筋肉・関節などに炎症が見られる病気の総称」

 

です。

比較的若い女性に多く見られるようです。

膠原病は今紹介した様な症状を示す言葉なので、特定の何かという感じではないです。

あくまで状態を示した言葉というところですね。

 

膠原病になると、そこから色んな病気を併発します。

そして、それが一番怖いところでもあります。

メジャーなところでは「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」があります。

 

渡辺和子さんは「骨粗鬆症」に加え「圧迫骨折」を3回もしてしまったようです。

膠原病により死亡率は、極めて低く、これが原因で死去する事は割合で言うとかなり低いそうです。

また、渡辺和子さんも特に膠原病が原因であるとはどこにも書いてはいませんでした。

 

しかし、渡辺和子さんも89歳とご高齢でした。

そういった過去の病気で体力自体は落ちたのかもしれません。

 

 

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まとめ

渡辺和子さんがまだ10代の頃、シスターに自分の人生を救ってもらった事がきっかけで、渡辺和子さん自身もまた「シスター」という職業に人生を捧げました。

本当に経歴を見てみるとその人生は迷いなく一つの道を突き進んでいたんだなという事が分かりますね。

 

また、SNS上で渡辺和子さんを見てみると、今回の訃報を受けて本当に悲しみの声を挙げている方が大勢います。

恐らくノートルダム清心女子大学の関係者を始め、代表著書である「置かれた場所で咲きなさい」の読者様にとってみたらこの上ない悲しみのはずですね。

 

こういった貴重な方をこういうニュースでしか知れない事は本当に残念ではありますが、この方の方を少しでも知れてよかったなと思います。

 

 

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